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「なつ漫」は時代の映し鏡
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新聞漫画と政治漫画
 戦時中は軍当局の旗振りをしてのに、敗戦後には態度を一変し、突然民主主義を
 唱えた
 政治漫画だった。
 しかし、彼らにも生活があり、漫画を描き続けるための苦渋の選択だったのかも
 しれない。
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 「なつ漫」といえば、基本的には子ども漫画である。
 また、新聞に掲載され、子どもを含めて大衆に支持された
 4コマ漫画、あるいは懐かしい政治漫画なども「なつ漫」で
 ある。
 ここでは、総称して「新聞漫画」と呼ぶことにする。

 そうした、新聞漫画について少し触れてみたい。

 人によっては、政治漫画は時流に準じて、世評を
 ひねっただけの漫画形式に過ぎないとみている。
 しかし、私に言わせれば、こうした一コマ漫画は漫画の
 原点だと思う。
 小説にしろ詩歌にしろ、時節に鑑みて自分の気持ちや論理を
 展開するのは、至極当然のことである。
 それなら、漫画でも同じであろう。


 戦争中、唯一廃刊せずに継続した漫画誌は「漫画」である。
 この雑誌のメインだった近藤日出造らの「新漫画派集団」は、
 戦後も同様に第一線で活躍する。
 名称だけは「漫画集団」と改称したらしい。


 しかし、彼らは戦争中、「やれ鬼畜米英」などと描きたて、
 軍当局の旗振りのような役目をしていた。
 国民を鼓舞し、当局の意に介しない民衆を叱咤するような
 描き方だったのである。

 ところが、敗戦後まもなく、彼らは「平和と民主主義」を 
 基調とした漫画に鞍替えしたのである。
 見事といえばよいのか、呆れたといえばよいのか。
 「自分」というのはいったいどこにいってしまったのか…。


 まぁ、彼らの漫画の技術は認めるが、心までは素直に
 容認できない部分がある。
 おそらく、終戦間もない時期で物不足の時代だったから、
 食べるために必死だったのだと思う。
 しかし、そのために漫画家としての心を折っても
 よかったのであろうか…。


 とはいっても、そうした彼らが、戦後の大人漫画を切り開き、
 現代まで発展させてきてくれたのである。
 それに対しては素直に感謝したい。


 考えてみれば、「のろくろ」や「冒険ダン吉」も
 戦争容認ありきのようなところがあり、一概に政治漫画を
 容認することはできない。
 逆に考えれば、当局の意思に添わない表現は、すべて
 反逆行為と見なされた時代だったのである。
 やむを得なかったのかもしれない。
 もう戦争はイヤだ。
 作家の心を捻じ曲げてしまう戦争なんて、二度とご免である。


 昭和7年、新人漫画家たちが「新漫画派集団」を結成した。
 彼らは銀座に事務所を構え、新聞社や雑誌社に「新漫画派
 集団」として売り込みをかけた。
 そして、受けた仕事を集団でこなした。
 現在の制作プロダクションと同じである。

 彼らは大成功した。
 漫画界の新しい勢力として人気漫画家となったのである。


 そうしたメンバーには、近藤日出造のほかに、横山隆一、
 杉浦幸雄、清水崑らがいた。
 そうそうたるメンバーである。


 近藤日出造は読売新聞の政治漫画で一世を風靡した。
 彼の似顔絵は素晴らしかった。


 横山隆一は「フクちゃん」で大人気となった。
 昭和11年から連載が始まり、戦後もずっと続いていた。

 ただ、残念なのは、当時の漫画が戦争宣伝に協力した
 ことである。
 「フクちゃん」の主人公フクちゃんは、幼稚園に入るか
 入らないの子どもなのに、アニメ化され、「フクちゃんの
 潜水艦」の主人公として起用されたのである。


 杉浦幸雄は婦人雑誌に「ハナコさん」を連載した。
 彼の描く女性は、じつに品があり美しかった。
 「ハナコさん」は映画化され、主演は当時新人として人気の
 あった轟由起子が演じた。


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