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「なつ漫」は時代の映し鏡
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 HOMEなつかしい漫画情報>少年誌は「なつ漫」の宝庫(1)
少年誌は「なつ漫」の宝庫(1)
 戦後の子ども漫画は、月刊誌を主流としてスタートした。
 手塚治虫の登場と、彼に刺激された戦後の漫画家たちが、新たに創刊された多くの
 漫画雑誌で活躍する。

 そして、私たちの「なつ漫」の多くが、この頃に生まれた。

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漫画制作
自分史制作
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4コマ漫画制作
単行本制作
商品紹介
ペットの似顔絵制作
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漫画制作講座
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建築漫画/「笑う門には福来たる」
高橋達央のオフィシャルサイト
マンガ単行本制作「電気回路」
手塚治虫

 手塚治虫は、「新宝島」発表の後、「ロストワールド」や
「メトロポリス」を発表。
 昭和25年には「ジャングル大帝」を、26年には
「アトム大使」を、 そして27年には「鉄腕アトム」を
 発表した。


 彼は、それまでの漫画の形式を一変させ、オーソドックスで
 淡々とした旧来の展開形式から、ディズニー映画のような、
 モダンで緊張感のある構図とスピーディなコマの展開を
 駆使して
 読者の指示を不動のものとしたのである。


 題材も斬新だった。
「ロストワールド」「メトロポリス」「来るべき世界」の
 三部作で、地球が宇宙の一部であり、やがては終末が訪れ
 地球と人類が滅亡するという論理を展開している。

 ごく当たり前の論理だが、彼の前に漫画化した人間がおらず、
 手塚治虫が最初だった。
 しかも、斬新な漫画テクニックで展開したものだから、
 子どもたちはすぐに飛びついた。


「ロストワールド」では、地球が大宇宙の中の一惑星に
 すぎないことを論じた。
 そして、「メトロポリス」では人間が自ら作ったロボットに
 よって破壊されるということで、人間と科学の矛盾をついて
 きた。
 さらに、「来るべき世界」によって、地球と人類の滅亡を
 表現したのである。

 手塚治虫は、その後もたくさんの漫画を発表している。
「リボンの騎士」や「鉄腕アトム」「火の鳥」「ふしぎな少年」
「ワンダー3」「魔神ガロン」「マグマ大使」…、数え上げたら
 キリがない。
 もちろん、私は、手塚漫画はほとんど読んでいる。

 その中で、「ふしぎな少年」は、時間を止めたり動かしたり
 できる不思議な力をもつ少年の話で、
「おれもああできたらいいなぁ」と本気で思ったものである。
 とくに、テストの時なんか便利だと思った。
 時間を止めて、頭の良いやつの答案を書き写してから時間を
 動かせば、おれはいつだってトップになれるのに。
 そう思ったものである。

 手塚治虫といえば「SF」と思いがちだが、たくさんの
 時代物を描いている。
 たとえば、「どろろ」や「新撰組」「丹下左膳」
「スーパー太平記」などは面白かった。
 晩年には、有名な「陽だまりの樹」を描いた。


 ただし、「スーパー太平記」は、タイムマシンで江戸時代に
 やって来た夫婦が、子どもを江戸時代に置き忘れていき、
 その子どもの活躍を描いたSF物だった。
 子どもは、女スリお伝に拾われ、駒助と名づけられた。


 同様に、時代劇とSFをミックスして描いた作品で
 秀逸だったのが、「火の鳥」である。

 火の鳥の血を飲むと不老不死の体を手にするということで、
 大勢の人間が火の鳥の血を求めてやって来る。
 しかし、ほとんどの者が死んでしまう。
 人間の永遠のテーマである生と死について描かれた名作だと
 思う。

 大学時代に私は寮生活していたのだが、友人が部屋に 
 やってきて、私の本棚の「火の鳥」を読みたといって持って
 いってしまった。
「大事な漫画なので、必ず返してくれ」、と言って貸したの
 だが、いつまでたっても戻ってこなかった。
 しばらくして、友人に、「あの本どうした」と聞くと、
「誰かが持ってった。もうない」とのことだった。
 それっきり、「火の鳥」は行方しれずである。
 もう40年たつ。
 物の価値がわからんやつは好かん。

山川惣治
 山川惣治の「少年王者」もよかった。
「少年王者」は、手塚治虫の「新宝島」と同じ年に発表された。
「少年王者」は、当初紙芝居として描いたものらしい。
 それが、焼け跡で遊ぶ子どもたちに圧倒的に支持され、
 22年からは単行本として出版された。
 第9巻まで出版された。 

 アフリカ大陸が舞台で、当時としては、遥か遠くの未知の
 世界の出来事を漫画化したのである。
 私たち子どもにとっては、夢のようであった。
 現代であれば、テレビや雑誌などで、アフリカについては
 ほとんどの人が知っている。
 ところが、当時は、まったくといってよいほど、アフリカに
 ついて知らなかった。
 だから、新鮮であり、驚きも大きかったのである。


 主人公の牧村真吾の、雑草のような強靱さと、正義感が
 よかった。


 もっとよかったのは、山川惣治の描く絵だった。
 ペン画風で、リアルで、漫画というより絵を見ているような
 感じだった。


 彼の「少年ケニヤ」に好きだった。文章よりも絵を見ている
 だけで感心させられ、満足させられたものである。

福井英一
 福井英一の「イガグリくん」もよかった。
 柔道着姿のイガグリ頭が、今でもはっきりと覚えている。
 ただ、どうして頭に針金が刺さったように描いたのだろう。
 坊主頭ならわかるが、「イガグリ」といっても、クリの
 イガグリのような頭って、本当にあるのだろうか…。
 まぁ、漫画だからそれくらい許されるかな。
 漫画の読者って寛容だから、たいていのことは許しちゃうん
 ですよね。
 ははは…。


 戦後まもなく、月刊誌の創刊ラッシュがやってくる。
 すでに戦前から発行されていた「少年倶楽部」は
「少年クラブ」と改名し、光文社からは「少年」と「少女」が
 発刊された。

 さらに、学童社からは「漫画少年」が、集英社からは
「おもしろブック」が、秋田書店からは「少年少女冒険王」が
 発刊された。

 30年代になると、「ぼくら」や「なかよし」「りぼん」が
 発刊され、昭和34年には「週刊少年マガジン」(講談社)、
「週刊少年サンデーv(小学館)が発刊された。

川内康範
 川内康範は漫画の原作者として多くの名作を残している。
「月光仮面」だけでなく「七色仮面」「アラーの使者」
「レインボーマン」など、私の子ども時代には誰もが知っている
 漫画だ。

「月光仮面」がテレビ放映されたときの主題歌にもあった。
「…誰もがみいんな知っている月光仮面のおじさんは…」
 まさしく、誰もが知っていた。


 そういえば、「月光仮面」もそうだけど、川内康範の描く
 主人公って、だいたい顔を隠している。
 正義の味方は、他人に正体を知られないことが美徳と考えたの
 かもしれない。


 それにしても、カッコよかった。
 デザインがすごく良かったと思う。
「月光仮面」はマントをなびかせ、バイクに乗って二挺拳銃を
 ぶっぱなす。
 しかも、額の三日月マークが粋だった。
 そういえば、額の三日月マートは、歌舞伎や映画で有名な
 時代劇「旗本退屈男」がいる。
 彼の名セリフ、「天下ご免の向こう傷」も有名だ。
 おそらく、意識して作ったのだろう。

「レインボーマン」のデザインは、ちょっと「月光仮面」と
「アラーの使者」に似ている。


 ところで、川内康範のすごいところは、作詞までやってしまう
 ところだ。
 主題歌を作詞し、超有名なところでは、森進一の
「おふくろさん」まで作詞したのだからスゴイ。

 他にもたくさん作詞している。

 たしか、日活映画「東京流れ者」も、原作や脚本は
 川内康範だった。
 監督は鈴木清順で、主役が渡哲也…。
 川内康範って、本当にスゴイ人だったと思う。

竹内つなよし
「月光仮面」と同じころ、大好きだったのが、竹内つなよしの
「赤胴鈴の助」だった。

 江戸の千葉道場で修業する鈴の助の「真空ぎり」は何度も
 練習した。
 しかし、無駄だった。
 当然だよね。
 かまいたちみたいに、剣を持たずに相手を倒すなんて、
 いくら修業したってできっこない。
 それでも、私は一生懸命練習したんだよね。
 赤胴鈴の助が大好きだったから。


 竹内つなよしも、たくさんのヒット作を描いた。
「少年ジェット」や「コンドルキング」などな、当時大人気
 だった。


「少年ジェット」は、主人公の少年が、なぜかスクーターに
 乗って
 登場する。
 しかも、腰に拳銃までぶら下げていた。
 まぁ、現代ならとんでもない不良少年ということで、
 即補導されてしまうだろう。
 しかし、そこは当時の漫画だ。読者は寛容だから、なんでも
 許してくれた。
 私も、なんの疑問もなく読んでいた。
 彼に憧れて彼のように生きようと思ったら、きっとブタ箱に
 入れられていただろう。


 ちなみに「少年ジェット」の敵役はブラックデビルといった。
 なんとなく、プロレスラーの悪役のような名前だ。
 そのブラックでビルは、変なイントネーションの日本語を
 しゃべる無国籍のキザな悪党で、持っているステッキの先から
花火が出ていた。


「名犬シェーン」がよかった。
「シェーン」といえば、映画の「シェーン」を思い出す。
 おそらく、愛犬「シェーン」は西部劇の「シェーン」から
 とったものだったろう。

 当時は、犬を扱ったアメリカTVドラマが人気だったから、
 竹内つなよしも、「犬を出したら人気が出るかも」と
 思ったかもしれない。
 TV
ドラマ「名犬リンティンティン」は、私も大好きだった
 番組だ。


「コンドルキング」も竹内つなよしの作品で、主人公の武器が
 トランプ投げだった。
 私も、子どもの頃、トランプ投げを練習したが、ものすごく
 難しかった。
 もっとも、トランプ投げより、その後手裏剣投げに夢中に
 なっていたから、トランプ投げの練習はすぐにやめて
 しまった。
 だけど花札じゃなくトランプだったところがオシャレだよね。

堀江卓
 堀江卓の「矢車剣の介」も懐かしいなぁ。
 当時としてはわりとリアルな時代劇漫画を得意としていた。
 その代表格が「矢車剣の介」で、他に「隠密剣士」や
「伝馬天平」などがある。

 また、堀江卓は、時代劇以外の漫画もたくさん描いている。
 たとえば、「スパイキャッチャーJ3」などがそうだ。
 原作は都築道夫だった。
 他にも、「少年ハリケーン」などがある。
 そういえば、「少年ハリケーン」にも犬が出ていたぞ。


 しかし、個人的には、時代劇が好きだった。
 堀江卓には時代劇があっているように思える。
 どうも、堀江卓が描く現代物は、歌舞伎役者が現代劇を演じて
 いるように思えた。


 川内康範原作で堀江卓作画で「太陽仮面」というのもあった。
 それにしても、川内康範は「…仮面」が好きだなぁ。
 当時は、タイトルに「少年…」とか「…仮面」などとつくのが
 多かったのだ。


 たしか、TVで「月光仮面」を実写放映したとき、主演だった
 のが大瀬康一だった。
 そして、同じくTVで「隠密剣士」の主役を演じたのも、
 大瀬康一だったなぁ。
 大瀬康一は「ジャガーの眼」でも主役を演じていた。
 カッコよかった。


 加太こうじの「黄金バット」は、後年アニメ化されてからの
 方が印象が強い。
 どう見ても正義の味方には見えないドクロの顔。
 それと、あの笑い声。
「わははははははは…」。
 今でも、「黄金バット」といえばアニメの笑い声を思い出す。
 敵役は「ナゾー」といって、別段どうってことのない名前だ。
「なぞ」を「ナゾー」にしただけだ。

植木金也
 私が子どもの頃に大好きだった漫画家に、植木金也がいる。
 漫画家かというより、挿し絵画家としての印象が強い。
 当時の漫画雑誌には、漫画のほかに児童小説も掲載されて
 おり、山川惣治の「少年王者」や「少年ケニヤ」も、
 児童小説の挿し絵として掲載されていた。

 同じように時代劇の挿し絵の名人が植木金也だったので
 ある。


 植木金也の描く、「忠臣蔵」や「鞍馬天狗」の挿し絵が
 大好きだったのだ。
 もちろん、漫画もあった。
 リアルなペン画で、子供心に憧れの存在だったのだ。
「小説沖田総司」の挿し絵も描いていた。


 友人と「なつ漫」の話をしていて、
「どんな漫画家が好きだった?」と聞かれたら、
「植木金也」と答える。
 すると、たいがいの友人は、「お、いいねー」と
 言ってくれる。


 もっとも、みんな漫画家の友人だから植木金也を知っている。
 ところが、彼を知らない人に、「植木金也」と言ったら、
「ふん、知ったかぶりしちゃって」と誤解されるだろう。
 だから、「植木金也」の名前を出すときには、相手を
 よく見なくてはならない。
 それほど、マニアにはたまらない存在なのである。

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 最近は、時代劇の漫画が少なくなったが、私が子どもの頃には
 たくさんあった。
「赤胴鈴の助」「矢車剣の介」や植木金也だけでなく、懐かしい
 漫画はたくさんあった。

 時代物を得意とした漫画家では、白土三平や小山春夫、
 横山光輝、小島剛夕、平田弘史などがいた。

白土三平
 白土三平の描く時代物も圧巻だった。
 力強いGペンのタッチと個性的なキャラクターの描き方、
 さらに忍者の生き様を描いた作品群は、他の漫画家の追随を
 許さないほど際立った存在である。
 なにしろ白土三平は時代物が多く、代表的な作品に、
「忍者武芸帖」や「サスケ」「ワ^リ」「狼小僧」「忍法秘話」
「カムイ伝」などがある。

 子どもの頃は、「サスケ」と「ワタリ」が大好きだった。


「サスケ」の主人公サスケが使う「猿飛の術」や
「微塵がくれの術」は、自分もやりたいと思って練習したことが
 ある。
 もちろん無理だった。


 母を失った少年忍者サスケと父大猿が、様々な敵と
 戦いながら、サスケが成長していくというストーリーだった。
 忍術の解説などがあって、ものすごく参考になったものだ。


 大学時代には「カムイ伝」にはまった。
「ガロ」に連載された漫画で、身分や差別を底流とした
 スケールの大きな描き方は実に圧巻だった。
 百姓の長助が主人公で、江戸時代の身分制度に挑戦していく
 姿には感動した。

「カムイ伝」の執筆が、ちょうど学園紛争の時期と同じころ
 だったこともあり、学生たちの共感を得た。
 学生たちが社会の矛盾に対して抗議する姿勢が、長助や
 仲間たちの行動と共通するものがあったからだろう。


「カムイ伝」に登場する長助の奥さんの弟の名前が
「カムイ」だった。
 そのカムイを主人公として、別の雑誌で「カムイ外伝」として
 連載していた。
 面白い作りだったと思う。
 カムイは忍者で、時々義兄の長助を助けたりする。
 カムイの得意は「飯綱落とし」といってプロレスの
 バックドロップと同じような技だった。


 そういえば、「抜忍」という言葉も白土三平の漫画で覚えた。
 カムイは抜忍だった。
 たしか、「上忍」「中忍」「下忍」と、忍者の世界も身分が
 きっちりと決まっていた。
 上忍は立派な家に住み、下忍をこき使っていた。
 現場で戦って死ぬのは、いつも下忍だった。
 カムイも、抜忍として群れを外れる前は下忍だった。
 社会の構造って、いつの世の中も同じということか。
 そして、こうした身分制度が、「カムイ伝」のベースに
 あったのだろう。


 たしかに白土三平はスゴイ漫画をたくさん描いてきた。
 しかし、彼はどうやら自分でペンを入れていなかったようだ。
「サスケ」や「ワタリ」の途中までは白土のペンだが、
「ワタリ」の途中からペンタッチが換わったのでわかる。
 おそらく、「忍者武芸帖」のペンが白土のペンだろう。
「サスケ」や「ワタリ」の途中までは、同じような
 ペンタッチだ


 白土三平が主催する「赤目プロ」の誰かだったのかも
 しれない。
 思い当たるとすれば、小山春夫である。
 彼は自分の作品を雑誌で連載していたから、ペンタッチは
 よくわかる。 
 白土三平と瓜二つだった

小山春夫
 小山春夫も、自分の著書として多くの作品を描いている
 はずだが、記憶に残る漫画はほとんどない。
 しかし、小島剛夕と並び称されるくらい絵の上手な人である。
 調べてみたら、「名張りの狂忍」や「くの一無惨」などが
 あるようだ。

小島剛夕
 小島剛夕といえば、なんといっても小池一夫原作の
「子連れ狼」だろう。

 原作もよかったが、絵がものすごくよかった。
 数々の修羅場を生き抜いてきた拝一刀と一子大五郎の表情が、
 忘れられない。拝一刀はどんなことにも心を乱すことはない。
 たとえ、大五郎が人質にとられようとも、それで息子が
 死ぬのであれば、それはその子の運命だ、と言う。

 現代ならとんでもない父親だが、非情の世界を生きた人間の
 凄さが伝わってきたと思う。
 そういえば、「冥府魔道」という言葉も、「子連れ狼」で
 覚えた。
 拝一刀の科白にこんなのがある。

「我ら親子は、冥府魔道を生きておる…」

 ラストの方で、拝一刀と柳生烈堂が雌雄を決する戦いをする。
 あの場面は、ものすごい緊張感だった。


 小島剛夕は、紙芝居から貸本漫画、そして青年コミック誌と、
 まさに戦後漫画の歴史のような生涯だった。

「首斬り朝」も素晴らしかった。
 彼は、漫画家というより、「絵描き」のような作家だったと
 思う。
 たとえば、「漫画アクション」の扉絵に「子連れ狼」の
 カラーの絵がよく載っていたが、他の漫画家とは一線を
 画するくらいレベルの高いものだった。


 彼は、一時期白土三平のアシスタントをしていたことがある。
 たしか、生年月日が手塚治虫と同じだったと思う。
 調べてみたら、1928113日。
 間違いない。


 生年月日が同じといえば、石の森章太郎と松本零士も同じ
 誕生日だった。

平田弘史
 平田弘史も、小島剛夕や小山春夫に勝るとも劣らない
 絵師である。
 彼の描く刀は、まさに骨まで断ち切らんばかりの重量感だ。
 また、平田弘史が描く武士は、筋肉の躍動感が素晴らしく、
 振り下ろす刀と筋肉が連動してものすごい迫力で迫ってくる。
 表情も素晴らしい。
 怖いくらいだ。
 おそらく、武士とはあのような者だったのではないか。
 そんな思いを抱かせてくれる。

 平田弘史の「薩摩義士伝」や「弓道士魂」は迫力があった。
「ひえもんとり」という言葉を、「薩摩義士伝」の中で初めて
 知った。

 幕府の締めつけが厳しい薩摩の武士たちは、うっぷん晴らしに
 囚人を駆り立て、戦の訓練と称して狩のようなことを
 していた。
 そして、囚人の心臓を掴み出した者が称賛された。
 その、「囚人の心臓」が「ひえもん」なのだそうだ。

横山光輝

 横山光輝の「伊賀の影丸」は、「木の葉がくれの術」を
 得意とする忍者の物語だった。
 木の葉を操る忍者影丸が、甲賀忍者たちと忍法対決をする。
 とくに、影丸を含めた仲間数人が、同じ人数の敵対する
 忍者たちと、それぞれがサシで忍法勝負するのが面白かった。

 たとえば、催眠を得意とする者同士の戦いは、お互いに
 催眠術をかけているつもりが、逆に相手の術にかかって
 いたりする。

 勝負形式としては、剣道や柔道の団体戦と似ている。
 横山光輝は、忍術をスポーツととらえていたのだろうか。
 そういえば、「伊賀の影丸」は、忍術対決以外に思い出される
 ことがほとんどない。
 おろらく、あの漫画は戦いの面白さでもっていたのであろう。
 影丸の人間臭さがさほど伝わってこないのだ。

 それに比べ、白土三平の漫画は、忍術の面白さだけでなく、
 キャラクターの性格がビンビン伝わってくる漫画だった。
 とくに、忍者の非情さが、読者に強烈な右フックをかまして
 くれた。

「伊賀の影丸」や「仮面の忍者赤影」も面白かったが、
 彼の代表作はなんといっても「鉄人28号」だろう。
 金田正太郎君が持っている、鉄人を操作するコントローラーは
 チャチかった。
 しかし、鉄の塊のロボットが空を飛んでいく姿は、
 迫力あったなぁ。
 人気漫画でカラーのページが多く、夢中で読んだ記憶がある。



「鉄人28号」は、大日本帝国陸軍が研究していたロボットを、
 謎の男が完成させたものだった。
 鉄人はコントローラーで動くから、悪人が持てば悪人の自由に
 動き出す両刃の剣であった。
 巨大ロボット漫画の元祖であり、当時は手塚治虫の
「鉄腕アトム」と人気を2分していた。


 そして、横山光輝といって、忘れてならないのが
「魔法使いサリー」だ。
 あの漫画は、どちらかというとTVの方が面白かったように
 思う。

 後年、中国の名著を漫画化したことでも有名だ。
「水滸伝」「項羽と劉邦」「三国志」「史記」など、活字で
 読むのが難解な中国著書を、分かりやすい漫画で描いた
 
とくに、「水滸伝」は面白く、何度も読み返した。

 ところで、横山光輝は豊島区千早町に住んでいて、以前、
 私が住んでいた所から近かった。
 よく彼の家の前を通ったものである。
 しかし、彼を見かけたことは一度もない。
 仕事が忙しくて、外出もままならなかったのかもしれない。


 SFやロボット物となると、どうしても手塚治虫が筆頭株だ。
 しかし、他にも面白い漫画がたくさんあった。
 たとえば、石の森章太郎の「リュウの道」や
「サイボーグ009」、また石の森章太郎の
 アシスタント経験のある永井豪先生(私の師匠なので呼び捨て
にはできません)の「バイオレンスジャック」や
「マジンガーZ」などがすごく面白かった。

 山上たつひこの「光る風」もよかったなぁ。
 彼は、その後、「がきデカ」で一世を風靡することになるが、
 やっぱりSFが似合っていたように思う。

石ノ森章太郎
 石ノ森章太郎より石森章太郎の名前の方が好きだった。
 どうして改名したかわからないが、途中から「石ノ森」に
 代わってしまった。


 石ノ森章太郎は、「「リュウの道」や「サイボーグ009」 の他にも、たくさんのSF作品を描いた。
 たとえば、「ミュータントサブ」
「幻魔対戦(平井和正原作)」「仮面ライダー」
「原始少年リュウ」「人造人間キカイダー」「イナズマン」
 などがある。

 また、時代物でも懐かしい漫画がある。
「左武と市捕物控」だ。
 石ノ森章太郎の独特の雰囲気が伝わってきて楽しかった。
 漫画でありながらTVドラマのような雰囲気だった。


 変わったところでは、SFと時代物がミックスしたような
 漫画も描いた。
 手塚治虫の「スーパー太平記」のようなもので、
 「変身忍者 嵐」という漫画だった。
 通常の忍者物なら、「変身」といえば、単に衣装や人相を
 変えて化けることだった。
 ところが、「変身忍者 嵐」は、仮面ライダーのように、
 まったく別ものに変身してしまうものだった。


 ただ、この漫画はやたらと大ゴマが目立ち、しかも主人公の
 嵐が動く流線処理が多かったのを覚えている。
 できたら、もっとしっかりと背景を描いて欲しかったなぁ。

 石ノ森章太郎の漫画にはそうした荒さが目立ったように思う。
 まぁ、それも「味」ということで、懐かしくはある。


「怪傑ハリマオ」は、TVでも放映されて、子どもの頃は
 欠かさず見ていた。
 でも、漫画の方が絶対に良かったと思う。

「怪傑ハリマオ」に限らず、どうも実写になると、漫画より
 いまいち面白くなかったように思う。
 やっぱり、漫画は漫画本で見なきゃダメだよね。


 ちなみに、私が中学の頃に漫画の勉強をしたのは、
 石ノ森章太郎の「漫画家入門」と「続漫画家入門」だった。
 今でも大事にとってある、私の漫画のバイブルである。

永井豪
 そして、石ノ森章太郎のアシ経験のある永井豪先生が
「バイオレンスジャック」を描いた。
 荒廃した近未来を描いたものだが、迫力のある漫画だった。

「バイオレンスジャック」は、その後何度か新たに書き起こして
 いるが、じつは私は、「バイオレンスジャック」の背景を
 手伝っているのだ。
 そう、私は、大学卒業とともに永井豪先生のアシスタントを
 して、漫画家になったのである。
 だから、どこに行っても、決して「永井豪」などと呼び捨てに
 してはいけないのである。
 ちゃんと「永井豪先生」と「先生」を付けるべきである。

 ところで、「バイオレンスジャック」は、追いつめられた
 状況の中での人間の本性や生き様を、先生独自のスタンスで
 描いた秀作である。
 暴力的との非難も浴びていたようだが、人間の本性は
 動物なのである。
 したがって、究極の状況下では人間は暴力的になるのである。


 その意味では、「デビルマン」も同様である。
 TVアニメ化され、あの主題歌は忘れられない。


「マジンガーZ」は、兜甲児が操る巨大ロボットを描いた
 漫画だった。
 巨大ロボット同士が激突するシーンは迫力あったなぁ。
「ゲッターロボ」もすごかったぞ。

 また、永井先生はギャグの天才である

「けっこう仮面」や「まぼろしパンティー」といった、
 パロディ物も多いが、「ハレンチ学園」や「あばしり一家」と
 いった独特の豪ちゃんワールドを展開している。

 他にも、「ズバ蛮」「ドロロンえん魔くん」
「キューティーハjー」「おいら女蛮」「イヤハヤ南友」
 などなど、たくさんある。


 ちょっとHだが、爆笑もののギャグ漫画を数多く発表して
 いる。
「ハレンチ学園」などは、教育上よくないという指摘を受け、
 PTAから糾弾されたりしたが、本人はすごくシャイで
 まじめな性格である。


 永井先生については、様々なことを知っているので、次回の
 場で紹介しようと思う。

桑田次郎
 おっと、SFと聞いて、忘れてならないのが「8マン」だ。
「8マン」は、平井和正の原作で、漫画家は桑田次郎だった。


「8マン」は、漫画では「8マン」だったが、なぜか
 TV
放映されたときは「エイトマン」だった。
 理由はわからないが、おそらく小学生で「8」が「エイト」と
 読めない子どもでもタイトルがわかるようにしたのかも
 しれない。


 そういえば、漫画家の桑田次郎も、当時は「桑田次郎」
 だったが、その後「桑田二郎」と改名したっけ。
「8マン」を執筆していた当時が有名なので、ここでは
「桑田次郎」でいきたいと思う。


 なにしろ、「8マン」の代名詞といえば、
「玉よりも速く」である。
 あの脚力は凄かった。8マンの活躍より、走っている姿が
 印象に残っているのは、私だけだろうか。
 それに、丸美屋のエイトマンのふりかけは、よく買って
 食べたものである。
 別段美味しくもなかったが…。


 桑田次郎といえば、「8マン以上に人気のあった
「まぼろし探偵」を忘れてはならない。
 前述したが、子どもの頃、よくマネをして遊んだものだ。
 今でも、「黄色いマフラー」といえば「まぼろし探偵」を
 思い出す。
 それくらい印象に残る漫画だった。


 桑田次郎は、若干13歳でプロデビューしているというから
 驚きだ。
 まだ中学生になったばかりである。
 そんな時期から、将来を嘱望される存在だった。


 彼は、デビュー後、絵物語作家の岡智彦に弟子入りして、
 絵の勉強をしたらしい。
 兄弟弟子には、これまた有名な一峯大二や森田拳次がいる。
 面白いことに、三人とも名前に「二や次」といった「じ」と
 いう字が入っている。
 まぁ、あまりたいしたことでもないかな。

一峰大二
 一峯大二の「黒い秘密兵器」はよかったなぁ。
 あれは福本和也が原作だった。


 私も野球をやっていたから、ボールが黒く見える魔球を
 不思議に思ったものである。
 それだけに、余計に印象に残っている漫画だ。


 それに、彼は桑田次郎と同門だっただけに、なにしろ絵が
 上手い。


 個人的に一峯大二のファンだったので、子どもの頃、年賀状を
 出したことがある。
 ちゃんと、返事をくれて、先生の顔が力強いタッチで
 描かれていたのを思い出すなぁ。

 たしか、住所は練馬区上石神井だったように記憶している。
 奇遇にも、私が大学を卒業し、永井豪先生のダイナミック
 プロダクションに入り、最初に住んだのが同じ
 上石神井だった。
 今は住所が変わったと聞いたけど、上京したときに会いに
 行けばよかったなぁ。


 一峯大二は、川内康範の「月光仮面」も書いている。
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