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「なつ漫」は時代の映し鏡
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「なつ漫」は時代の映し鏡
 私たちが過ごした子ども時代は、漫画なしには語れない。
 そして、懐かしい漫画を思い出すとき、あの頃の楽しかったこと、
 嬉しかったことも思い出す。
 「なつ漫」とは、まさに時代の映し鏡のようである。
私たちにとって「なつ漫」とは
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 当年とって○○歳、昭和27年生まれの日本男児である。
 ちょうど、戦後になって、漫画が手塚治虫によって、
 それまでの表現方法から現在の形式に移行した時期に
 生まれた。
 おかげで、漫画雑誌が月刊誌から週刊誌の時代に移った
 時代を体験できたし、「なつ漫」の代名詞である
 「鉄腕アトム」や「月光仮面」などの名作が発表された
 時代を、リアルタイムで共生することができた。

 なにしろ、私の子ども時代を語るには、漫画は絶対不可欠
 なのである。

 それほど、漫画は身近であり、この歳になって昔を
 懐かしむときの時間の単位のようなものである。


 たとえば、ご飯を食べながら「鉄腕アトム」を読んでいて、
 雑誌にみそ汁をこぼしたことがあった。
 そのシーンを思い出すと、あの頃の自宅の様子や、
 使っていた食卓の形から乗っていた自転車の形や色、
 メーカー名まで思い出す。
 深緑色の丸石というメーカーの自転車だった。
 子供用の自転車で、父親が近所の自転車屋で買ってくれた
 ものだ。
 亡くなってしまったが、当時の父親の姿まで思い出される。
 それも、父が若かったころの姿である。


 また、秘密基地で読んだ「鉄人28号」も懐かしい。
 子どものころ、製材所の材木置き場に、仲間たちで
 秘密基地を作った。
 ある日、仲間の集合場所だった秘密基地に行ったところ、
 材木ごと秘密基地が撤去されていた。
 ついでに、置いてあった漫画雑誌やピストルの
 オモチャなど、すべてなくなっていたことがあった。
 あの時の悔しかった気持ちが、今でも忘れられない。

 「鉄人28号」を再読すると、あの頃の秘密基地の
 内部から、友だちの顔や一緒に食べたお菓子まで
 思い出される。
 友だちが、当時としては珍しいチーズを持ってきて、
 一緒に食べたことがある。
 生まれた初めて食べたチーズの味だった。


 私にとって、「なつ漫」とはそういうものである。

 理屈じゃない。
 自分の心の玉手箱を、そっと開けると、得も言われぬ
 懐かしい気持ちになる。
 それは、誰にも見せない、自分だけの思い出である。
 「なつ漫」は、そうした玉手箱の中に大事にしまってある
 ものである。


 おそらく、子ども時代に漫画を読んでいなかった人は
 いないだろう。
 中には、「勉強一筋」で、漫画など見向きもしなかった、
 という人もいるかもしれない。
 そんな人は例外である。
 もっとも、私が子どもの頃は、大人は「漫画は悪書」と
 考えていたようで、「漫画ばかり読んでいないで
 勉強しろ!」とか、「漫画ばかり読んでいるとバカに
 なるぞ!」と、よく親に叱られたものである。


 ところが、漫画は決して悪書ではなく、むしろ、
 字は覚えるし、想像力は豊かになるし、ストーリー作り
 などは感覚的に覚えてしまう。

 他にも、良い点はたくさんある。
 だいいち、漫画を知らないと、友だちとの
 コミュニケーションが図れない時代だったのだ。
 現代なら、ゲームや携帯電話がないと友だちと会話が
 成立しないのと同じである。


 なによりも、漫画が子供たちに受け入れられた要因は、
 当時の漫画は楽しく、かつワクワクする内容だったという
 ことである。
 夢があった。


 たとえば、「鉄腕アトム」や「月光仮面」「赤胴鈴の助」
 など、他にもたくさんあるのだが、どれも夢中になって
 読んだ記憶がある。
 しかも、当時は月刊誌が主流で、こうした連載物の漫画は、
 面白いから買ってくると一気に読んでしまうのだが、
 続きを読むには一ヶ月待たなければならない。
 だから、次号が出るまで、同じ漫画を何度も何度も
 読み返した。


 ところが、親に数種類もの漫画雑誌を買ってもらえる
 子どもは少なかった。ほとんどが一冊である。
 だから、一ヶ月の間に、友だち同士で回し読みするので
 ある。
 「ぼくら」を買っている子は、友だちの「冒険王」と
 交換して読み、「少年」を買っていたら「少年画報」と
 交換するといった具合である。

 だから、当時の月刊誌は全部読んでいた。
 「ぼくら」「冒険王」「少年」「少年画報」「少年クラブ」
 などはすべて読んだ。
 女の子たちも同じで、「少女」や「少女クラブ」
 「なかよし」などを交換して読んでいた。


 当時は、漫画以外に娯楽が少なかった。テレビも現在の
 ように普及しておらず、漫画が情報発信の拠点になって
 いたのである。
 もちろん、新聞も読んでいたが、子どもにとって新聞は
 退屈である。
 新聞か漫画、さあどっちをとる、と聞かれたら、
 ほとんどの子どもは「漫画」を選択したであろう。
 それは現在でも同じだろうが、当時と現在の決定的な
 違いは、当時は娯楽が漫画以外になかったという点である。
 男の子であれば、漫画とチャンバラとめんこが遊びの
 三原則だった。
 それとビー玉かな。
 だいたい、これで友だちの輪ができていた。


 だから、「赤胴鈴の助」がはやると、私も友だちも、
 みんなが自分自身で赤胴を作った。
 段ボールを切り抜いて作った胴に、絵の具やクレヨンで
 赤を塗った。
 それを身に付け、刀の代わりに棒をベルトに差す。
 これで本人は赤胴鈴の助になった気分になる。


 そんな子どもが10人くらい集まり、一列に並んで、
 「剣をとっては日本一と…」と歌いながら練り歩くので
 ある。
 なぜか一列だった。
 全員が赤胴を身に付けた鈴の助なのである。
 そんな赤胴鈴の助が10人くらいで神社や稲刈り後の
 田んぼまで練り歩いてくると、そこでチャンバラが始まる。
 腰に差した刀代わりの棒を振り回し、戦うのである。
 「エイ、ヤーッ、トォーッ」。
 そして、必ず誰かが相手に向かって、「おまえは誰だ!」
 と、言うのである。
 すると、相手は「あかどう、すずのすけだーッ!」と叫ぶ。
 そして、しばらくチャンバラをしてから、「おのれ、
 竜巻竜乃進!」と叫びだす。
 自分だけが赤胴鈴の助で、残りの友だちは、赤胴を付けて
 いるにもかかわらず、全員が敵役の竜巻竜乃進なのである。
 最後は、「真空ぎり、受けてみよ!ウー、ヤー、
 トォーッ!」で終わるのである。
 みんな、倒れかたも上手かった。
 斬られてバッタリと地面に倒れる。
 それをやらないとチャンバラにならない。


 チャンバラが終わると、あちこちでビー玉やめんこが
 始まる。


 「月光仮面」のマネもよくやった。
 白いマントはなかったので、みんなが家にある風呂敷を
 首に巻いていた。
 もちろんバイクもないから、「白いマントを
 なびかせて〜」というわけで、みんなよく走って、
 首に巻いた風呂敷をなびかせていたものだ。
 「二挺拳銃」もないから、水鉄砲で代用した。


 「まぼろし探偵」が流行ると、みんながマフラーを首に
 巻いた。
 「黄色いマフラー」ではなく、風呂敷や手ぬぐいなども
 あった。
 まぼろし探偵も月光仮面同様バイクに乗っていたので、
 みんながよく走り回った。
 走り疲れると、集まってビー玉などに興じたものである。


 いや〜、よかったなぁ。
 あの頃の光景は、今でもじつによく覚えている。
 村の様子まで、まるで走馬灯のように脳裏に甦ってくる。
 友だちの顔、神社の景観、稲刈りの後のワラの匂い…、
 そうした楽しかった記憶が漫画とともに甦ってくる。
 漫画は時代の映し鏡のようなものである。


 「なつ漫」とは、そうしたものである。
 「なつかしい」とは「楽しかった記憶」のことでもある。
 つまり、当時は「楽しい」漫画が多かったのである。


 ところが、最近の漫画は楽しくない。夢がないのかも
 しれない。


 私たちが子どもの頃は、漫画が夢を運んできてくれた
 おそらく、情報化が進んでおらず、漫画雑誌で
 紹介されるすべてが新鮮に映ったからかもしれない。

 しかし、情報化社会の現代にあっては、むしろ情報が
 溢れすぎて、子どもたちが夢を持てない時代なのかも
 しれない。
 どんな情報でも、知ろうと思えば知ることができる
 時代だ。
 ツールはたくさんある。
 テレビや雑誌やインターネットを活用すれば、世界中の
 ほとんどの情報は入手できる。
 職業を検索すれば、自分の年収から将来の姿まで
 わかってしまう。
 老後までわかる。


 つまり、オギャアと生まれてからお墓に入り、3回忌、
 7回忌…と、死後のことまで何だってわかってしまう
 時代なのである。
 夢などあるわけがない。
 ましてや、漫画に描かれている世界が本当かウソか、
 そんなことはどうでもよいのだが、子どもでもすぐに
 見抜いてしまう。
 だから、描き手の漫画家も夢のある漫画を描かなくなる。
 というより、雑誌社がそうした漫画を求めなくなる。


 もっとも、雑誌社というのは読者の人気度に合わせて
 作家に漫画の内容や画質を要求するわけである。


 つまり、夢のない漫画を載せるということは、読者の
 要望でもあるわけだ。


 だから、「なつ漫」を経験している私などにとっては、
 最近の漫画は読むのが苦痛である。
 変なだが、漫画家でありながら最近の漫画はほとんど
 読んでいない。
 読めないのである。
 楽しくないから、読むのが苦痛なのだ。


 おそらく、そんな漫画は「なつ漫」にはなりえない
 だろう。
 今の子どもたちも、何十年後かには、「あの頃読んだ
 漫画はこんなだった」と思い出すかもしれない。
 それはそれで、「なつ漫」と呼べなくはない。
 しかし、私たちの「なつ漫」とは密度が違う。

 私たちが幼年期を漫画とともに過ごした記憶は、現代の
 子どもたちには到底味わうことの出来ない、楽しくて
 つい微笑んでしまうような素晴らしい記憶なのである。

 本来、漫画とはそういうものであってほしい。
 おじさんの願望である。


 当時は、みんな勉強しなかった。
 子どもなのに、家の仕事を手伝っていたし、
 働き手として父親から労働要員に計算されている者まで
 いた時代である。
 勉強する前に家の手伝いが優先されたのである。
 それでも、漫画だけはしっかりと読んでいた。
 勉強の記憶はなくても、あの頃読んだ漫画の内容は、
 今でもよく覚えている。
 今どきの「おじさんたち」は、かつてはみんなそうだ。


 50年たった今でも、よく覚えていることがある。

 実は、私が漫画家になろうと決心したのは、5歳の
 園児のときだった。
 5歳で将来の夢を描いていたのだから、早い。
 しかし、動機は単純だった。


 当時、開園したばかりの永慶保育園というところに通う
 ことになり、その頃からすでに漫画が愛読書だった。
 時流は月刊誌の時代で、私は「ぼくら」を愛読していた。
 その中にカラーで掲載されていた、竹内つなよしの
 「少年ジェット」を見て、
 「おれは大きくなったらこんな絵を描く漫画家になる」
 と、決心した。
 よく考えたら、自分と同じように漫画を読んで単純に
 漫画家になろうと思った子どもたちは、全国に五万と
 いたのである。
 他に、職業を知らなかったともいえる。

 ところが、5歳の時に描いた夢を追いかけ、28歳で
 少年画報社の「週刊少年キング」に連載を開始し、
 漫画家のまま今に至っている。
 まぁ、バカというか単純というか、他にやりたいことは
 なかったのかと思うのだが、考えたことがない。


 あ、一度だけある。
 「鉄腕アトム」や「鉄人28号」などにはよく「博士」が
 登場していたので、「博士」になりたいと思ったことが
 ある。
 しかし、漫画にでてくる博士は肉体的に強くないので、
 積極的に憧れることはなかった。
 まぁ、なろうと思っても博士にはなれなかったろうと
 思う。
 博士になるには大学で博士号を取らなければならない
 から、勉強嫌いな私には絶対に無理だったろう。
 なにしろ、もう、ずーっと漫画の虜になっていて、
 博士は別として、漫画家以外の職業を考えたことがない。


 小学校で、「将来の夢は」と聞かれると「漫画家」と
 答え、「尊敬する人物は」と聞かれると「手塚治虫」と
 答えていた。


 そのうち、彼女が出きた。
 ところが、私の話題は、いつも「漫画」のことばかり。
 最初は彼女も面白がっているのだが、そのうち私のことを
 「漫画バカ」とでも思うようになるのか、他の男に
 乗り換えてしまう。
 そんなことが何度かあった。


 本当は、漫画のことだけでなく、もっと別のことも
 話したかったのだが、女性の前では思うように話せない
 性格なのだ。
 それでつい、得意な漫画の話をしてしまう。
 漫画以外に詳しい事がないものだから、よせばいいのに
 夢中になって話をする。
 しかも、途中から、偉そうに講釈ぶって話しだす。
 そんなふうだから、彼女の方もいい加減飽きてくるのだ。
 「漫画バカ」とは付き合ってられんということだった。
 ああ、何度同じ苦い経験をしたことか…。


 おっと、女の話などどうでもよいのである。
 私がせっかく面白い漫画の話をしてやったのに、話の
 途中であくびをするような、漫画の「まの字」も
 わからない女など、こっちから願い下げでい。
 女と漫画とどっちをとる、と聞かれたら、絶対に
 「漫画」と答える!


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