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漫画制作の用語「あ行」
漫画を制作し印刷するまで、業界で使われる専門用語の知識は必須です。打ち合わせの段階から完成まで、専門用語は頻繁に使われます。そうした用語を詳しく解説いたします。
ぜひお役立て下さい。
赤本漫画
項目
1.「赤本漫画」とは
2.近代赤本
3.明治期の赤本
4.戦後の赤本漫画
5.受験のための赤本とは
●「赤本漫画」とは
明治時代から「赤本」や「赤本絵本」「近代赤本」などがありました。「赤本漫画」は終戦直後の大阪松屋町周辺を中心に、駄菓子店などで出回った漫画本です。その後、東京でも出回るようになりました。

この「赤本漫画」は、後の貸本漫画の祖となりました。

当初の「赤本」は表紙が赤だったために「赤本」と呼ばれました。内容は少年向きに作られていて、講談本や落語本などがありました。現在の子供たちと違って、講談や落語に興味があった時代です。しかし、世間からは低俗な本であるとの評価だったようです。駄菓子店や露店で売られていました。

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●近代赤本
「近代赤本」は明治時代に「江戸地本」から派生しました。江戸時代の「地本」は、江戸で出版された大衆向けの書籍全般を指します。黄表紙や洒落本などがそうです。それらの江戸初期のものを「赤本」と呼んでいました。

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●明治期の赤本
それまで貸本業を生業としていた大川屋が、1885(明治18)年に出版業を始め、近代赤本の出版社としてスタートしました。その他の赤本業者も東京の蔵前を拠点に開業しました。

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●戦後の赤本漫画
1947年、手塚治虫が「新宝島」を発表すると大ベストセラーになりました。この漫画を契機として赤本漫画ブームがやってきたのです。手塚治虫は「新宝島」に続き、「火星博士」「地底人の怪人」「ロスト・ワールド」などを発表しました。

しかし、「赤本漫画」は1950年ごろの隆盛期がピークでした。1955年ごろには悪書追放運動の影響から姿を消してしまったのです。

その後、「赤本漫画」の後継として「貸本漫画」が流通するようになりました。赤本の出版社の中には、貸本漫画を制作して生き残る出版社もありました。

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●受験のための赤本とは
大学受験生を対象とした「赤本」があります。これは漫画ではありません。教学社が発行している大学受験過去問題集の通称が「赤本」なのです。1954年に創刊され、私も購入して勉強した記憶があります。

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