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漫画制作で使われる用語の説明


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漫画制作の用語「あ行」
漫画を制作し印刷するまで、業界で使われる専門用語の知識は必須です。打ち合わせの段階から完成まで、専門用語は頻繁に使われます。そうした用語を詳しく解説いたします。
ぜひお役立て下さい。
菱川師宣
項目
1.菱川師宣について
2.師宣登場以前
3.画風の確立
4.大衆から認知
5.師宣の肉筆画
●菱川師宣について
菱川師宣は江戸時代の画家で菱川派の開祖です。また、浮世絵を確立したので「浮世絵の祖」といわれています。1618(元和4)年に千葉県鋸南町に生まれたようですが定かではありません。

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●師宣登場以前
師宣が登場するまでは、浮世絵版画は書籍の挿絵でしかありませんでした。つまり、文字や文書を補足するための挿絵だったのです。その浮世絵を一枚絵として鑑賞できる水準まで高めたのが菱川師宣です。

当初は噺本「私可多咄」などに挿絵を描いていましたが、やがて墨摺絵入り本を数多く手がけるようになり、「浮世百人美女」や「美人絵づくし」などを描くようになりました。とくに師宣の描く女性たちは評判となりました。

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●画風の確立
仮名草子や浄瑠璃本、吉原本などに挿絵を描くことで師宣の描画技術が高まりました。やがて延宝年間中期ごろから名所画や風俗画で師宣の画風が完成していきました。そして、貞享年間に入るとその技量はますます円熟味を増していきました。

「吉原恋の道引」や「美人絵つくし」などからは、線が太く、のびのびとした若々しい画風が見られます。好色な題材ですが健康的な描写でした。また、師宣は「大和画工」や「大和絵師」などの落款を押しています。これは自分の描画に自信があることの証左といえます。

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●大衆から認知
風俗画だけでなく江戸の名所画も描いて人気を博した菱川師宣でした。次々と絵入り本を刊行し、やがてその挿絵が大衆から観賞用として認められるようになりました。そして、墨一色で描いて大量印刷することで低価格で販売されたのです。

こうして、師宣の絵は誰でも買えるようになったのです。浮世絵が江戸市民の大衆美術となりました。

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●師宣の肉筆画
師宣は多くの肉筆浮世絵も描いています。「見返り美人図」は有名です。歩みの途中で足を止めて振り返った美人を描いた作品です。1694(元禄7)年6月4日、菱川師宣は東日本橋の自宅で亡くなりました。

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参考ページ→
浮世絵
十返舎一九
河鍋暁斎
岡本一平
安藤広重
北沢楽天
江の島鎌倉長短旅行
鳥羽僧正
菱川師宣
山東京伝
黄表紙
蔦屋重三郎
狩野派
見返り美人図
曲亭馬琴
朋誠堂喜三二
平賀源内
たらしこみ
喜多川歌麿


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